東アフリカなど(ルワンダ→ウガンダ→ケニア+カタール)3週間の旅を終え、東京へ帰国。
そして、その4日後に関西は神戸へ。
神戸は地元、というほどではないが、古巣のような場所です。まもなくヨーロッパへ旅立つ友人に会いに行きました。
1人はスペインへ、一人はドイツへ。
送る側になるのは、なんだか新鮮な心地がした。
帰りのフライトの中で「あー・・・私の旅は終わったなぁー・・・」という達成感に似た虚脱に見舞われて、ぼーっとしながら、窓をのぞいたら、飛行機の翼の淵が朝日に縁取られ輝いていた。
深夜に、カタールを飛び立った飛行機は、夜明けに向けて突き進んでいた。
日の本、ニッポンかー、と自然の演出に口が開く。
成田空港に降り立って、脳裏に浮かんだのは「うどん」だった。
とにかく、うどんが食べたいと思い、到着ゲートから出発ゲートへ駆け上がった。そば屋はあれど、うどんを扱っておらず、寿司屋や洋食屋をしり目に私は「うどん・・・うどん・・・うどん・・・」と小声で口走る、成田の奇人と化していた。
ようやく念願の食事を終え、改めて、自分の周りを眺めながら、目がかすんだ。
それほど東アフリカ滞在が辛かった、というわけではなく、目が痛かった・・・まぶしい。カタールも清潔で夜景の輝く街ではあったけど、ここまでの光量ではなかった気がする。むべなるなかな、アフリカ滞在に慣れた私の身体には、いささか萎縮するエネルギーだった。
その後、成田からバスで都内へ向かう。首都高を舞浜から入り、板橋方面へ斜めに横断する形で、夜の東京を滑るように進む。
「揺れない・・・なんて静かな走行なんだ・・・。」と、とうとう目頭を押さえた。
さて、件の東アフリカ紀行、滞在先で先の記事を書いたのだが、読み返してみると、当時の私の狼狽が見て取れる。ので、一度、引っ込めた。
スマートフォンから投稿したので、レイアウト的な諸課題も含め、修正してからまた再掲しようと思う。(いつになることやら。。。)
その後、2週間の滞在を経て、その間にショッキングな出来事は数あれど、今はその体感は、既に薄くなっている。
そんなもんだな、人間なんて・・・。
「諦め」という言葉を「悟り」と読む、その心は仏教だと、先日の比叡山延暦寺での修行体験で知った。
諦めることぐらいで、悟りだというのなら、私はもう、後光が輝いてるわ・・・!と、いうツッコミを喉元でぐっとこらえた。
神戸では知人に会い、故知に挨拶し、お気に入りの場所やカフェを渡り歩いた。
インドから一時帰国している友人と一緒に、神戸グルメに舌鼓をうち、そして共に比叡山に登った。
比叡山では、もちろん、食の楽しみ、など存在しない。
いや、精進料理は味がとても良く、本当に美味だったんですが、「食堂では一切の音声を禁じ」られているので、私語は無論、箸や食器、咀嚼音なども出さないように気を使い、かつ、「迅速に」すませねばならない。
食事に感謝することが絶対であり、美味いも不味いもない。カスも残さないように、たくわんとお茶でお椀を洗う「洗鉢」の作法など、かなりの異文化体験だった。(個人的に、お椀にお茶を入れて飲むのは、抵抗があった・・・。)
ひとつひとつ、振り返って、綴りたい気持ちはあれど、長旅と移動で体調が優れないので、この辺で。
とりあえず、体力と筋力をつけなくては・・・。(筋肉痛の身体をさすりつつ)
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