先日、歯医者の受付にて
「あのー、黄熱病の予防接種したんですけど、あの、接種してから1ヶ月以内に病院に行ったら先生に接種したことを伝えてくださいってことなので、一応、ご連絡します。」
と申告したところ、
「えっと黄熱・・・黄色い熱の方?」
「はい。あ、アフリカ行くんで。」
「ア、アフリカっ?!笑」
と、吹き出されてしまいました。
23年と2ヶ月生きてきて、11カ国歩いた平成2年のゆとり世代の一人は、12カ国目に東アフリカに行くらしい。
2013年5月28日から。つまり、明後日から。まだ実感がない。
行く決意をしたのは、1月と2月の間くらい。
昨年のクリスマス前から正月いっぱいの2週間ほど、インドのデリーに私はいて、友人と女3人旅だったのだけど、紆余曲折ありすぎて、途中から単独滞在になり、現地の日本人の助けを借りて、無事に帰国したものの、帰国早々、恋人に別れを切り出され、その翌日に、東京に数年に一度の豪雪やら何やらでてんわやんわして、熱と胃痛と頭痛と・・・と旅の疲れのフルコースで、「ブルータス、お前もか・・・!」と思わず叫びだしそうなくらいの満身創痍の最中、「そうだ・・・アフリカに行こう」と思った。
行こう、と決めたのには、それ以外にもいくつかのエピソードはあるのですが、私が「今」行く、と決めたのには、それなりの好状況が重なったから。
一つが、高校時代の友人がウガンダにいるということ。
彼女は昨年の秋から2年間、ウガンダでボランティア活動を行っている。
今回の旅の最初の目的は、「彼女に会いにいく」というものだった。あの人は今・・・。
ついでに言うと、私自身も「ボランティア活動」に一枚噛んでいる。
ドイツにある福島支援団体のチャリティーTシャツとして使うイラストを提供した、という程度のものだけども、それまでに数奇な出会いの重なりがあり、除染作業を体験したり南相馬市の津波の跡を何度が見に行った。その時に出会った人々の言葉や表情や感情を受け取った私は、なんとも言えない奇妙な感覚を覚えた。
私はそれを「白線の上」と読んでいる。
つまり、内を外を分ける線上に自分が含まれている、という感覚。内部者でも部外者でもない。が、内部者からは部外者と見られ、部外者からは内部の者と見られる。
どちらにも属さないがゆえに、ボーダーレスな存在でいられるが、故に、無責任と隣り合わせ。ボーダーレス故に見聞き知ることが出来たことは多々あるが、それを「伝える」ことは無責任なボーダーレスには難しい。だれかに言葉や情報を託すしかない。
「ボランティアと責任」についての壁に当たったとき、私はそこから退いた。
それから常々、ボランティア活動を仕事にした彼女の意見を聞いてみたい、と思っていた。それが二つ目の目的だ。
そんなこんなで、彼女と連絡をとり、いろいろと話し合った結果、ウガンダだけでなく、ルワンダへ一緒に行こう、ということになり、さらに、彼女の任地のムバレからはケニアのナイロビへ夜行バスで抜けられるということで、ルワンダで合流→ウガンダ観光→ムバレで活動の手伝い→ナイロビからフライト→トランジット先のカタール・ドーハで2泊→6月18日帰国、という計3週間ほどの、東アフリカ3カ国+アラビア(の世界一見所のない町)を周る旅となった。
後付け後付けで、なかなかのボリュームになったが、アフリカンタイムと呼ばれるのんびりした時空にいくのであれば、これくらいの時間の余裕は買ってでも必要だろう。
時間さえあれば、大丈夫、というわけではないが、
時間がなければ、ありえない機会で、
ひいては、時間の有無なんて概念そのものがひっくり返ったりするような旅になればいい、と思っている。
ここに綴っていないことの方がまだまだ多いが、長くなったので、まずはこのへんで。
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